鍼灸治療院開業迄とその後の歩み

<表参道ビオ東洋医学センター 高橋 亨>

かなりのむかし。
今から35年も前のこと、私は東洋医学とはまったく縁のない毎日を過ごしていました。

ギターばかり弾いていた大学二年の秋、いくつかのハプニングと偶然が重なり、翌年早々に実施される鍼灸学校の試験に合格することに決めていました。

翌年の入試に合格するには準備期間が足りないんじゃないか?
などと考えないのが当時の私の長所でした。

否定的な思いにジャマされなければ、ものごとはスムーズに行くものです。

スムーズに行かないとき、その背景には自分の否定的な考え方や後ろ向きの行動が隠れています。

後に知りましたが、入試倍率はそれまでで最高だったようなので、おそらくギリギリで滑り込めたのでしょう(笑)

大学生活という4年もの自由時間の確保に成功したというのに、わずか2年で次の進路を決めてしまうとは夢にも思いませんでした。

鍼灸学校に入学

入学式の日に購入した針の光、艾の匂いで、なんだか怪しい世界に足を突っ込んでしまった感じがしました。

夜間のクラスには、若い人があまりいませんでした。
公務員、お坊さん、元スポーツ選手、警察官、大学教授、アパート経営者とか年齢も職業もまちまちで、まるで異業種交流会でした。

いろいろなジャンルの人たちと、様々な会話が出来たことはとてもプラスでした。
医学界(特に東洋医学)は特殊な業界だけに、世間知らずな人間も多いみたいです。

さて、始めての授業は漢方概論( 今は東洋医学概論)という授業だったのですが、先生が何を言っているのかサッパリわからず、これはちょっと大変だぞと、身が引き締まるならまだいいのですが、はたして三年間ここに通い続けることが出来るのだろうかと、本気で思いました(笑)

クラスの中には接骨師( 柔道整復師 )やマッサージ師の免許を持ち、既に開業している人もいたので、彼らから業界の雰囲気が何となくわかるようになると、だんだん気持ちに余裕が出来ましたが、最初は本当にどうなることかと思いました。

幸いにして私は二部( 夜間部 )だったので、昼間はまともなところ( 病院 )に務めルコトが出来ました。
一部だと働けるのは夕方からなので、当時はサウナとか限られたところしかありませんでしたし、学生は免許がないので安く使われました。

それでも人の身体に触れることが出来るだけでもありがたいことです。

今は、マッサージ店やリラクゼーション系の無資格の施術院が増え、こっそり働いている学生さんもいるかもしれませんが、当時はまだマッサージ師というより「あん摩さん」と呼ばれるほどで、働き口もあまりありませんでした。

有名な先生にツテのある学生には、「弟子入り」という魅力的な響きの働き口もありましたが、待遇はあまり良くなかったと思います。
私の友人はただ働き同然で、どうやって授業料を払っているのか不思議でした。

夜は東洋医学を学び、昼は病院で現代医学の現場を見ながら働けた私は果報者と言えるでしょう。

三年ちかく病院にいて、しかも救急指定だったので、いくらのんき者の私でも様々な対応が出来るようになります。
もっとも鍼灸治療にはあまり役に立ちませんが、経験があるないは違います。

それに病院長が、わりと自由な環境を与えてくれたのがラッキーでした。

今ではまずあり得ないことですが、骨折やヘルニアなどの手術があると、リハビリの参考になるように手術に立ち会わせてもらえました。

鍼灸学校にも解剖学の授業がありますが、死体の臓器しか見ることが出来ません。

すすむべき道

現代医学の雰囲気に包まれながら東洋医学を頭に詰め込むという毎日を送っていましたが、いつも頭に浮かんでくる疑問がありました。

同じ病気で治る人と治らない人がいる
同じ薬で治る人と治らない人がいる
薬を飲まなくても治る人がいる
薬を飲むと悪くなる人がいる


筋腫や肉腫を手術で取ると一時的に不安は消えますが、その後しばらくすると再発の不安を持ち始めます。
困ったことに、これによって免疫力は下がります。
ただでさえ手術や抗がん剤で免疫力はガタ落ちの状態なのにです。
そして多くの人が再び病院に戻ってくる。

そして、
病気やケガは治療によって治ったのか、それとも自然に治ったのかが誰にも判定出来ない…。

その頃はまだ知りませんでしたが、医学というものは、自信を持って伝えられることと、まだ解明中のことが混在して語られていることが多いのです。

新聞にもよく書かれていますが、何々の発見で癌の解明に一歩近づいた、とか糖尿病の治療に希望が持てる研究結果だと、医学はこれほどまでに進んだのだと言っているようですが、実はまだまだ研究途中であり、何も解明されていないのです。

まあ、それは置いておいても、
毎日のように病人と接していると、身体を健康や回復に導いているのは、どうやら免疫力とか、回復力とか、治癒力とかの、本人の持っている能力であることがわかって来たわけです。

治しているのは本人の持っている能力であるならば、その力を鼓舞するような方法って…

あれ?!!
鍼とかお灸って、自然治癒力をアップするって言ってたよな?
お灸の免疫効果って確か有名な論文があるじゃん!


気の遠くなるような大昔から、そういう治療をしていたのが鍼灸であり東洋医学です。

まあ、この程度のことは何処かの本に書いてあったでしょうが、なにしろ自分で気づいてしまったので、興奮ものです(笑)

そうなると、こうしている場合じゃない!
もっと本を読むとか、高名な先生の治療を見学に行くとか、やらねばならないことが山積みで、病院をやめたくてなってしまいましたが、今ここでやめてしまうと学費の残りが払えなくなるので、国家試験が近いので勉強時間が欲しいとワガママを言って勤務時間を少し減らしてもらいました。

国家試験は絶対に受かると決めていました。

それより卒業後すぐに開業をしようと心に決め、内緒でコソコソと準備を進めていました。
この計画は、のちに父を廃業に追い込みます(笑)

とにかくこのあたりから、誰かが私の人生をお膳立てしてくれているかのようにトントン拍子に話が進んで行きます。

ところが、そういう流れに乗る前にちょっと残念な出来事がありました。

きっかけ

鍼灸学校に入って間もなく母に癌が見つかりました。
有効な治療法はなく、担当医が運が悪かったとしか言いようがないと、「占い師」みたいなことを言って匙を投げました。

私は、何をしても止まらない母の嘔吐をお灸で楽にしたり、闘病中に骨折してしまった肩の激痛を見よう見まねの針麻酔で止めたりと、要所要所では鍼灸の効果を発揮していました。
効果があると、ああやっぱり鍼は凄いな…、と感激したものです。

当時は癌と聞いただけで、絶望の縁に腰をかけるようなものでした。

母は癌を知らされていませんでしたが、勘が良かった母が気づいていないはずがありません。
病気が見つかってから1年半くらい経ったある日のこと、母が生への執着を捨てた瞬間がわかりました。

それからの母はもう何も言葉を発すること無く、少しずつ生命の火を小さくしながら、苦しむことも無く穏やかにこの世を去りました。
この病気の最後は痛みでとても苦しむと、占い師主治医に言われていましたが、それはまったく違いました。

死に向かう命に対して、それに逆らう(投薬や手術)手段は一切講じなかったことが良かったのでしょう。

母は医療者として未熟な私に多くの学びを与えてくれてからこの世を去りました。

病気治すには病気そのものにとらわれてはダメで、病気を治すシステムがしっかり働く身体に変えるように治療を行わなければなりません。
病気と闘ってはダメです。

何故なら病気は自分そのものだからです。

いよいよ開業

さて、鍼師・灸師国家試験( 鍼と灸は実は別の免許です )も予定通り合格し、免許が交付されるまで( この期間がイライラするほど長い )に自宅の店舗を改装し、立派な治療院が完成。
1984年の5月3日に治療家としての人生がスタートしました。

開業して3年後、諸事情あって表参道に治療院を移しました。

このときも、何か見えない力に導かれるようにそうしなければならない状況に勝手になってしまいました。

当時の表参道も今と同じ、いやそれ以上に活気がありました。

紹介が紹介を呼び、有名な女優さんやタレントさんも多く来ていたようです。

女性がいちばん気にする肌荒れなどは、いくら外側をいじってもダメで、身体の内側の環境を整えれば勝手に綺麗になって行くものですが、鍼灸治療は外側から刺激を与えながら身体の内部を変えて行くという便利な治療法です。

美容と言えば、耳つぼダイエットでは何度テレビや雑誌に出たかわかりません。

テレビや雑誌に出ると暫くのあいだ予約が殺到し、既存の患者さんに大変迷惑をかけてしまうのですが、それがストレスとなり自律神経を病んでしまいました。

雑誌の連載やテレビのレギュラーは休めないので死にものぐるいで仕事をした記憶があります。

針灸師も身体が資本なので、雑誌の連載が一冊の本になったところで、マスコミの仕事は控えるようになりました。

テレビや雑誌では、鍼灸やマッサージをちゃんと説明する必要があった時代なので、その為にずいぶん勉強をしました。

これは今でも役に立っています。

一生懸命勉強して知識を放り込んでも、後の研究や発見でそれまでの苦労が賞味期限切れになることも多いのですが、ありがたいことに鍼灸・東洋医学は古くに確立された学問なので、そういうことがありません。

どちらかというと、科学が後追いで立証してくれるというありがたい状態です。

最近は出演依頼はほとんどありませんが、たまにあっても出ないことに決めています。
これを書いている一ヶ月程前にテレビ出演の依頼がありましたが、お断りしました。

執念深いディレクターで、結局三回も断りました(笑)

ここ数年の私のテーマは感情と身体と関係性ですが、不思議なもので参考になる研究が次々と発表されたり、翻訳本が出たりしてます。

頭の良い人、柔軟な発想を持った人が、同じ方向を見ていると思うだけでワクワクします。

なにしろ数年前までは、西洋医学では心とカラダは別だと言い切っていたくらいなのですから。

さて、こうして開業からはや30年。
鍼灸医学は古いようで実は新しく、まだまだ私を虜にして放してくれそうにありません。

先にも書きましたが、何か見えない力に引っ張られてここいるような気がします。

見えない何かがあると考える方が楽しいし、身体のツボだって眼に見えない何かです。

長くなったので、とりあえずこれで一度終わりにします。


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